
3月中旬。1番列車の東北新幹線は満席。八戸から東京へ。片道3時間。イヤホンで音楽でも聞きながら、車窓に流れる景色を眺めようかと思っていた。
しかし季節柄か、満員の車内。日本人の性(さが)なのか、乗客はみな気を遣いあっている。両脇に人がいる中では車窓を覗き込むわけにもいかない。耳にイヤホンを詰め込んで音楽を聴こうにも、なんとなく気が乗らない。
「余白が足りない」
なんとなく肩がこわばる。しかし時折、ひらひらと車内に注ぎ込む早春の朝日は心地よい。原稿の一つでも書き上げようと思っていたが、回線も不安定。そのまま目を閉じて、東京に着くのを待つことにした。
階上で「余白」を得た、渡ケントさんとの出会い

この3月、埼玉の大宮から青森県階上町に移住したシンガー・ソングライターの渡ケントさんを取材させてもらう機会があった。30代半ば、妻のマリホさんが階上駅近くに交流スペース「わたしの素(ス)ペース」(わたスペ)を開業させたのが移住のきっかけ。古物が好きで、施設内で「古物屋 Sonomono」を営む。
昨年3月の移住からちょうど1年。移住前は障害者福祉の仕事をしつつ、音楽活動を続けていた。仕事にはやりがいを感じていたが、疲弊していたと話す。自分を保つために音楽を続けていたという。

この1年でケントさんが得たのは「余白」だった。海沿いの神社や種差海岸で物思いにふけることもそうだが、宅配便の配達員と挨拶を交わしたり、歌を聞いてくれた近所の人がリポDをくれたりと言った経験は、関東にはなかった。
ケントさんの音楽は、純度が高い。
「でたらめなラブソング」は耳が不自由ながらも子守唄を歌ってくれた両親への感謝を、「ガラクタなまいにち」は忙殺される毎日の閉塞感を描いた。
階上移住のタイミングで制作した「人生」は、わずかながらの不安をにじませつつも、閉塞感から抜け出すように声を枯らす。
「あぁ、この人は、自分の心に正直に音楽を描く人なんだな」と思った。
わたスペの空間に包まれる、新しい暮らし、新しい音楽
現在ケントさんを取り巻くのは「余白」だ。「わたスペ」には、ツアーで仕入れた古着のほか、ビンテージ物の花瓶や「変な形の家具」(言い方)が、空間に調和するようにして並ぶ。

福祉の仕事から離れて青森に移住することは、彼にとって最適解だった。歌をやめることも考えた。マリホさんの「いい歌を歌ってるんだから」の言葉が支えになったと言う。
わたスペでは音楽イベントも開いた。親交が深いPARIS on the City!のメンバーが階上を訪れたことも。彼らと制作した楽曲「たましいの話」はアップテンポな曲装の中で「どうせ死ぬなら魂の話をしよう」と語りかける。アレンジが周到で、にくっつらいほどクオリティが高い。(褒めてます)
これまでケントさんは、日々の苦しさの中で音楽を描いてきたのだろう。しかし階上での日々はそれをも変えつつある。余白のある今の暮らしは、わたスペの空間、近所の人、海と山に囲まれ、良い意味で閑散とした空気で満たされている。

現在手がけている曲は「海へ」。加山雄三か、はたまたサザンオールスターズかと突っ込みたくなるようなタイトルだが、ここは湘南でも横浜でもなく、階上だ。
負の感情の割合が大幅に減った中で、ケントさんはどんな音楽を描くのだろうか。
本当の自分って、どこにいるんだろう
ケントさんとマリホさんは、わたスペを訪れる誰かに「余白」を与えてくれている。苦労もあると思うが、好循環だ。近く、ゲストハウスも開くらしい。
ケントさんの音楽は純度が高い。きっと、この町で拾い集めた言葉や思いを、正直に歌い上げるのだろう。

記事は、「八戸経済新聞」に掲載した。まるでケントさんの手記のような記事になってしまったが、それもケントさんの純度の高さゆえだ。ぜひご覧いただきたい。
と、新幹線の中でこの原稿を書き上げた。
思いを吐露すると、スッキリするもんだな。
満員の新幹線も悪くない。
まもなく大宮駅を通過して東京に着く。
東京での予定は、3月20日に開く音楽イベントのリハ以外は何も決めていない。そんな旅行があってもいい。
楽しもう。



